このホームページでもお分かりのように,私は趣味でアマチュアオーケストラ(茨城交響楽団=茨響)に属しています.茨響は春と秋の年2回定期演奏会を行っており,演奏会のたびにポスターやチラシを作成していました.当時(DTP導入前),茨響ではデザインを得意とするものがおらず,なかなかいいポスターができなかったものでした.
平成7年に茨響は創立35周年を迎え,サントリーホールで記念公演をおこないました.このときは記念事業ということで,ポスターデザインを外部のデザイナーに依頼しました.(有)アクエリアスの松田静心さんという,いろいろなクラシック音楽演奏会のポスターデザインを手懸けている方で,それは素晴しいポスターを作ってくださいました.この時,松田氏との交渉の窓口になっていたのが私だったのですが,でき上がったポスターがとても素晴しかったので松田氏に「どうやったらこんなポスターができるのですか?」と(無謀にも)率直に尋ねたのです.松田氏の口から出た言葉は…「いやあ,Macがあればできますよ!」
その頃,私は仕事(病院)でMacを使っていました.といってもワープロやデータベースが主体で,Macを選んだ理由というのも同僚がみんなMac(医者はなぜかMacが多いんです)だったことと,GUI(Graphical
User Interface)が使いやすかったという単純な理由でした.松田氏の言葉でまさに「目から鱗が落ちた」状態になり,Macでグラフィックができることに目覚めたのでした.普通はグラフィックをやりたいからMacを選ぶという人が多いというのに,今考えるとMacのずいぶん狭い領域しか使っていなかったんだなあと不思議に思います.
Macでグラフィックができることに目覚めた私は,早速自分のオーケストラのポスターデザインをやってみようと思い立ちました.ところが何から始めたらいいかわからない,どうやったらポスターが印刷できるのだろう….その頃はまだ,茨響のポスターは写植(写真製版)で作っており,デザインは線画ないしは写真で入稿していました.DTPなんて言葉はまったく知らない世界だったのです(96年の始め頃ですが).ちょうどその頃,私の病院で学会の発表スライド作成用にMacが導入されました.仕事(形成外科)で皮膚の色の比較を行っていた私は,病院のMacを使ううちに次第に画像処理や加工の仕方,保存や変換の方法を覚えていったのです.
初めてのDTPによるポスターデザインは96年の秋でした.自宅で使っているPerforma575でポスターデザインを行いました.ところがまだ印刷所がデジタル入稿に対応しておらず,作ったデザインをポジに落として印刷所に入稿するという,今考えると非能率的な方法をとりました.その後,97年春になってやっと印刷所がデジタル入稿できるようになり(PowerMacを2台入れてくれた!),作ったデザインをデジタルデータのまま入稿できるようになりました.
しかし,でき上がった校正刷りをみると,自分の意図したのとどこか違う….根本的なことが分かっていませんでした.RGBとCMYKの違い,カラーマネジメント,キャリブレーション,レヴェル補正などなど,印刷に普段携わっていれば当り前のことがまだ分かっていなかたのです.その頃,DTPエキスパートという資格があることを知り,これを機会に受からなくてもいいからきちんと勉強してみようかという気になりました.受かる自信はもちろんなかったし,最後まで受験するか悩みましたが,ゴールを設定しないといいかげんにしてしまう性格なので,思い切って受験を申し込んだのでした.願書を発送したのが締切前日という,なんともギリギリなことでした.
私の場合はまずテキスト(「DTPエキスパート認証試験合格ガイド'97」)を買って,徹底的に勉強しました.まずざっと読んだのですが,門外漢の私はさっぱりわからない.そこで,2週間ほどかけて,すべてのページをノートをとりながら勉強しました.仕事(形成外科)は夏休みにいそがしくなる科なのですが,仕事が終わってから夜中の2時3時まで勉強したものでした.それでも,最初はさっぱりわからない.特にテキストの最初の方は,印刷発注に必要な知識とか製本の知識などまったく未知の分野で苦労しました.それでもなんとか暗記して,巻末の模擬試験問題を解きながら知識を確認しました.
JAGAT(日本印刷技術協会)の案内によると,受験までの準備にはいくつかの方法があるようです.参考図書を利用した自習の他,JAGATによる「受験サポートガイド」「通信添削模擬試験」「直前模擬試験」やJAGAT以外の企業および教育機関による「試験対策講座」などです.そして,少し不安があれば集中講議付き試験を1日かけて受験したり,指定講座を受講して試験を受けるという方法もあります.私の場合,受験申し込みから受験まで時間がなく,仕事柄各種の講座を受ける余裕もありませんでしたので,参考図書による自習のみで試験に臨みました.不安も大きかったのですが,受かればラッキーという門外漢の強み(?)で開き直って勉強したのでした.ですが私のとった方法は,車の免許でいうと「一発受験(免許試験場をいきなり受験する方法)」にあたるわけで,かなり無謀な方法だったことがよく分かりました.あまりお勧めできる方法ではありません.
試験は97年8月10日の日曜日,法政大学の62年館で行われました.暑い夏の日でした.市ヶ谷の駅に試験の1時間前に着いた私は,近くのファミリーレストランに入りました.見渡せばいるいる,DTPのテキストを片手に勉強をしている若者やアタッシュケースを手にしたサラリーマン風の受験者などなど….そして,受験会場へ入ると若者ばかり.考えてみればDTPの専門学校だってあるわけだし,就職難が叫ばれている時代だから資格は強いってもんです.明らかに私(このとき33歳)は年長組.けれど若者に混じって,50から60歳台と見受けられるおじさま方がちらほらいらっしゃったのが印象的でした.お腹が大きく出産近くの奥様や主婦の方もいらっしゃって,女性も資格があると強いのかなとあれこれ考えていました.かなり客観的にみれば,何の受験会場かわからないようでもありました.
ふと,不安になったのは回りの若者たちの持っているコピーやプリント,模擬試験問題と書かれた紙や1日1題のドリルのようなもの.というのもテキストは徹底的に勉強したつもりの私でしたが,受験票とともにJAGATから送られた書類には「新分野」に関する記載があり,それについてはテキストに載っていなかったのです.CIDフォントやSGML,PDFなどがそうで,ある程度は調べたのですが自信はありませんでした.後でJAGATのホームページをみると,「新分野」に関する記載があったのでした(これから受験する方はホームページを見ることをお勧めします).回りの若者が知っていることを自分は知らないのではないかという不安に駆られたのでした.でも知らないことは仕方ない,知っていることで点を稼ごうと開き直って試験が開始されました.
救いだったのは,解答がほぼ4択(4者択一)形式だったこと.テキスト巻末の模擬問題では解答を沢山の語群から選ばなくてはならなかったので,こういう形式だと苦労するだろうなと思っていましたから4択で助かったと思いました.でも久しぶりのマークシート(何と医者の国家試験以来10年振り!),しかも2時間で解答欄が300以上ありかなり反射的に解かなければいけないとあって,時間配分は苦労しました.マークシートを丁寧に塗っているだけで時間が過ぎていってしまいました.途中で余裕の表情で出ていく人は神業!に思えました(始まって1時間位?で途中退場は許可されたように思います).かくして前半2時間,後半2時間の試験はあっという間に終わりました.
何とかマークシートを乗り切ったと思いきや,試験後の課題制作が頭を悩ませたのでした.課題制作は渡されたデータを元に,課題Aが「プリンタマニュアル」,課題Bが「旅行パンフレット」を制作するというもので,課題Cが自由課題でした.Aがページものの制作技術,Bはビジュアルを多く使ったシリーズものの制作技術に主眼が置かれているようでした.今までポスター制作ばかり行ってきた私にはどちらもなじみの少ない分野でどうやって作ったらいいかが分かりにくかったのです.さらに,制作だけではなく第三者にも同じ様なものが作れるよう「制作手順書」なるものを添付するという条件付き.DTPエキスパートなる者は自分で作るのではなく,他人に適切な指示をして品質の高い印刷物ができるかどうかという点が試されるという訳です.
プリンタマニュアルは効率のよいページものの作成技術が問われるだろうから,私には向いていないと判断して課題Bを選ぶことにしました.課題Bはテキストは少ないのですが,画像が多く今までの経験が少しは役に立ちそうだと思ったのです.そこで一通り作ってみたのですが,画像や線画がばらばら.いろいろ画像や線画をいじっているうちに,JAGATの意図が少し見えてきました.すなわち,JAGATがどこまで意識しているか分かりませんが,私の勝手な推測では各素材をきちんと評価できるか,それをきちんと手順書に盛り込めるかが問われているように思えました.画像では,RGBで渡されたデータを適切な解像度のCMYK画像として(時にはレヴェル補正やシャープネスなどを追加して)処理できるかとか,線画ではビットマップフォントをアウトラインフォントに置き換えて使用するとか,DTPでは当り前のことを手順良くやれるかが最大のポイントではないかと考えて,後はデザインを見やすく作るよう心がけました.
ちょうどお盆の頃にかかってしまい,作ったPSデータを出力してもらう印刷所(ゲラを提出するので)が休みに入ったのが痛かったです.それでもぎりぎり間にあって,課題を当日消印有効の締切日に郵送したのでした.
試験が8月10日,課題提出が8月25日で合格発表が10月18日(当初は10月中旬ということでした).この間の2ヵ月は長く感じました.受験したのも半ば忘れてしまいそうでした.そろそろ発表だろうと思った10月の10日頃,JAGATのWebで発表は10月18日だということを知りました.それからの1週間は落ち着かない毎日.そして,10月18日の午前中に恐る恐るJAGATのWebを見ました.…合格者名簿…あった!
自分にとっては奇蹟的な出来事でした.徹底的に勉強したとはいえ門外漢で印刷業界とは無縁の私ですから,合格という事実が「これからは門外漢という言い訳はできない」という責任感のようなものをもたらしたのでした.JAGATからの合格通知は翌日に届きました.合格者は受験者1201名のうち,432名(合格率36%).なかなかの難関でした.採点表が同封されており,全分野で80点以上を採らないと合格できないわけですが,DTP,色,コンピュータ,課題の各分野は平均点が合格ラインを下回っており,難しかったことを伺わせました.課題の講評も同封されており,全体に低調な課題だった旨が書かれていました.他人と同じもの(集団受験が増えたせいでしょうか,と書かれていた)を提出したり,コピーしたとしか思えないようなものは即不合格にした等,厳しく書かれていました.
登録用紙が同封されており,自分のプロフィールや経歴を書き込んでファクスで登録しました(郵送も可).そして,こうして自分のホームページを作成し,クラシック演奏会のポスター作成を手懸けようとしている訳です.JAGATのホームページからリンクを張ってもらう登録もあり,こちらも申し込みました.
試験に合格すると認証書(IDカード)が発行され,DTPエキスパートとして登録されます.登録手続きを行うとJAGAT発行の「DTPエキスパート登録者リスト」およびJAGATのホームページに掲載され,広く公表されます.DTPエキスパートの活躍分野は多岐にわたり,顧客への営業活動やアドヴァイス,各種研修プログラムの講師,企業のコンサルティングなどが活動例としてあげられます.私の場合は,仕事でやっているのとは違うわけですが,折角の資格ですから「よい印刷物を作る」ために相談にのったり,アドヴァイスを行うなど自分の身近なところから始めてみようかと思っています.もちろん趣味でやっているオーケストラのポスター制作も続けていきます.また仕事(病院)でも画像を扱う機会は多いので,今回得た知識を活用したいと思っています.